幸運は他人が運ぶもの

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この言葉はタリーズの創業者松田 公太氏の言葉である。

今は株式を売却してしまいタリーズとはまるで関係がないみたいだけれども・・・・

いつの間にか政治家の先生になっていたのね・・・

でも2年前に社会やビジネスの常識が通じないと退任している・・・

普通の会社もそうだものな・・・

なんとなく言わんとしている事は分かる。

このタイトルの言葉・・・

簡略的に言ってしまえば・・・

良い人と会えば会うほど幸運が訪れると言うか、良い話が回ってくると言った話だったと思う。

なのでたくさんの人と会うべきという事になるが・・・・

同様にネタも他人が運ぶもの・・・

ネタがなかったのでちょっと渡りに船とコメントをネタにさせてもらおうと思っている。

一つ前の記事に記載していただいたアルぱかさんのコメントだったが・・・

(以下原文抜粋)

遊び馬券を遊びで済ませて勝負所で10万勝負するというN島さんのメンタル力には頭が下がり、そして見習いたいと常々思っています。

N島さんの様なメンタルを維持するためにはどうすれば良いのでしょうか?
私はついつい購入してしまいます…

(ここまで)

有り難いお話だけれども・・・・

遊びと勝負を分けるのは厳密に言うとメンタルの力ではない。

確かに選択するのにセルフマネジメントも必要だとは思うんだけれども・・・

私はこれを事実の自分への教育によって実施している。

そもそも人は何故、勝負じゃない馬券で勝負してしまうのか?

これは過去の私にも言えるんだけれども・・・・

間違いなく射幸心を煽られているからだ。

買いたいと思っているという事は・・・

事実かそうじゃないかは別として・・・

自分がその馬券を期待値が高いと思っており・・・

物凄く勝つかもしれない。

そういった期待や希望や夢を抱いてしまっている。

恋は盲目というけれども・・・・

期待値や射幸性も人の目を曇らせる。

だから、もし勝負だと思っていたのに、買わないでそれが来てしまったらどうしよう・・・

その取りこぼしへの恐怖と・・・・

購入して勝ったら快楽とその勝った後の喜びという射幸性・・・

この二つが勝負ではない勝負をさせてしまう原因だ。

過去の格言にも記載したけれども・・・・

「希望」という言葉を自分の辞書に入れてはいけません。これは私が知っている中で最悪の言葉です。

「このポジションが戻ってくれれば」と思ったら、すぐポジションを減らすべきです。

儲かっているときも、ポジションを大きくしないこと。

さもないと必ず負け取引で最悪のポジションを持つことになります。マーク・D・クック

オハイオ州の株式投資家。

そう・・・

希望は必要な時もあるが・・・・

過剰に持っていると最悪の言葉となる。

これは投機性にある行為についての言葉で・・・

日常生活には必要な言葉だ・・・

だが・・・

こと競馬において・・・・

希望は判断を間違えさせる・・・・

だから最悪の言葉になる。

勝負馬券を勝負するのは期待値が高いと知っているからだ。

勝ち方を追い求め、負け方を削った結果・・・

何度見ても、どこの年代を輪切りにしてもどうやっても勝っている。

そういうのは間違いなく勝負すべきだ。

たまたまの偏りは3年は決して続かない。

100回を超える試行数があれば、おそらく統計値としては信用できる値になる。

これが私が勝負しているレースだ。

そして・・・

勝負じゃない遊びレース・・・・

これは勝てる根拠がないけれども、勝ったら嬉しいと思う馬券だ。

で・・・

そういった馬券を勝負せず部回避する方法・・・

これはセルフマネジメントやメンタルのように感じるが・・・

突き詰めると実は違う。

自分に対しての教育と言うか刷り込みなのだ。

それを勝負すると負けることを徹底的に自分に認識させると・・・・

人は確実に100%、絶対的に負けると分っている勝負は基本的にしない。

いくら腕っぷしが強かろうが・・・・

戦車に殴りかかる人はいないだろう。

そして戦車を殲滅するなどと思う人はいないはずだ。

何故なら絶対に戦車に負けるからだ。

それこそ・・・

何度か記載しているように・・・・

小象の鎖の話だ。

子供の頃に鎖につながれた小象はどうやっても切れない鎖に、これは切れないものだと刷り込まれ、大人の象になり軽々引き千切れるようになっても鎖は切れないものと認識しているため、鎖につながれたらおとなしくしていると言う話だ。

事実とはその人が認識した事が事実であって・・・・

物理的な真実が事実ではない。

誤解と思い込みがその人の真実の世界を形成しているのだ。

視点を変えれば、事実じゃなくても・・・

その人の視点から事実であればそれがその人にとっての真実。

戦車に殴り掛からない人も、戦車に殴り掛かったら無事で済まないし、勝てないと言う認識をしているからやらないのだ。

ということはだ・・・

戦車を素手でスクラップにできると本気で思っている人・・・

そういう認識の人なら・・・・

戦車に勝たなければならないという特殊な状況下に置かれても、迷わず戦車を素手で殴打するだろう。

結果は火を見るより明らかだけれども・・・・

これを遊び馬券で考えてみると・・・・

多分、遊び馬券を勝負してしまう理由は勝てるかもしれないと言う認識を持っているからだ。

確かに可能性は0じゃない。

勝てるときもあるだろう。

だけれども・・・・

それをずっと継続したら負ける・・・

それでも、今日この時、この一戦だけは勝てるかもしれない・・・・

確かにそれも嘘じゃない。

つまり・・・

勝てるかもしれないと言う認識でいる事が遊び馬券を勝負馬券にさせてしまう理由だ。

逆に言えば・・・・

それが必ず負ける方法だと認識していない事。

負け方を知らない事がその行為をもたらせる。

それはそうだ、それが必ず確実に100%負ける方法だと認識していないのだから・・・

確実に負けるならきっと誰もやらない。

けれどもそうじゃないと思っているからやる。

ということはだ・・・

遊び馬券を遊びにするためにはその行為が絶対に負ける行為だと自分に刷り込む必要がある。

絶対に負けるわけではないと思っているからやるのだ。

それが絶対に何があっても負けると分れば普通はどんな依存症型ギャンブラーでもやらない。

例えれば・・・

1BET10Kだとして・・・・

サイコロを振り1~5がでたら1K返しで6がでたら12K返しというギャンブル

これ提示されて受ける人いないだろう。

せめて6が出たら6倍近くないと・・・・

そのくらい負けだと認識すれば勝負じゃないところは勝負しなくなる。

じゃあ、そのために、自分に刷り込むためにはどうしたらいいか?

それは自分が信じるに値する事実を自分自身で突き付け続けることだ。

私の場合だと、遊び馬券にしているのは過去にすべての遊びに値する馬券・・・

これも数字を取り始めてからだけれども・・・・

それの全統計を取って、何度やっても負けている・・・

どうやっても、どの角度から見ても負けている。

それを自分に刷り込んでから遊びは遊びと買えるようになった。

そりゃそうだ、どうやっても負けているのだ。

そんな馬券勝負していいはずがない。

負けることが確実に分かっているのにそれをするやつなどいない。

遊びを勝負にしてしまうのは勝てるかもしれないと誤解しているからだ。

その誤解を解くためには、その行為がどうやっても負けていると自分を納得させるための根拠を用意し、それが負けだと自分に教育し、その行為をすると確実に負けると刷り込む必要がある。

そのために負け方を学ぶのだ。

負けている事実を・・・・

証拠を掴むために集計し・・・・

その事実を馬券買う前に毎回突き付けるのだ。

勝負すると負けるよと。

そうやって確実に負ける方法、負け方を回避するようになると、遊びは遊びで割り切れるようになる。

だから、自分を勝負を回避するのに納得させられるデーターの取得を自分自身で行わなければならないと思うのだ。

人間の認識など曖昧で、本当に誤解と思い込みで成り立っていると思うのだ。

数字はラーの鏡のように・・・・

真実を曝け出す。

だから、死ぬほど面倒だけれども・・・・

遊びを勝負してしまった結果の統計を取り、それを自分に突き付ければ100%負けると理解できる。

そうすれば確実に負ける遊びを勝負したりしなくなると私は思っているけれども・・・

コメントくださった方の求める回答になっているだろうか・・・

少なくとも私はそれは買えば負けると分っている馬券を遊びにしているけれども・・・

文字書きすぎて推敲していないので誤字脱字、言い回しの間違い等はご容赦をだ。

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コメント

  1. アルぱか より:

    遊び馬券は負けるという「刷り込み」なんですね。
    事前に負けると分かっていて勝負する人はいないですもんね。
    今後はこれを肝に命じて競馬をやっていきたいと思います。
    ありがとうございました!これからも頑張ってください!YouTubeも楽しみにしています!