本当にそう思うんだよな。
何気に苦しい思いもかなりさせられたが・・・・
ギャンブルには感謝している。
何しろ、生き死にも含めてだけど、ギャンブルは数学以上に正解を結果で突き付けてくるからなあ・・・・
負けるのは負ける方法で負けるやり方をしているからで、最終的には結果が分かりやすいほどに正解を教えてくれるもんな・・・
何度も記載している論語の過ちて改めず、これを過ちというという言葉も・・・・
ギャンブルにも言えて、負け続けている人は答えに合わせて変化させようとかそういう向上心がない。
同じことを繰り返しながら結果が変わるはずはない。
どう考えても心を鍛えないとギャンブルは勝てないし・・・
それこそ結果に対して覚悟を決めてブレナイというメンタルの強さも求められる。
期待値の高い行為を繰り返すのが最終的な正解なんだけれども・・・
どの行為が期待値が高いかを見つけ出さなければならない
競馬が昔よりさらに難しいのがAIの登場によりオッズが最適化されていること。
タイムや、枠やコースやトラックバイアスと言った数字で皆が皆知っている情報は既に組み込まれているので・・・
AIが使用しないデーターを気づいて利用しなければならないとかなかなかハイレベルな世界になっている。
それでも・・・
勝ち方の正解と負け方の回避・・・
その二つが同じ方向を指し示すことを選択していれば勝ち方は分かる。
オッズ切という概念は博打においてすべてに言えて、低い倍率の勝負をすると必ず負けるという事だけは分かっている。
だから前から言われているが競馬の本命党よりも穴党の方が生き残りやすい。
ハートを試されるというか、損したくないとか無難と言った弱い心は完全にへし折ってくれるのが博打だと思うのだよな。
また、一発逆転しようとして乾坤一擲の自暴自棄のような行為はきっちり咎めてくれる。
まずえいやの大勝負は負ける。
心が恐れて、無難な方を選択しようとしてしまうし・・・
恐れが一番自分のメンタルを弱体化させる。
対人、プレゼン、対女性でも言えるが・・・・
恐れが一番望まぬ結果を引き寄せる。
逆に言えば・・・
恐れるような勝負はするなって事なんだよな。
前にも記載したがギャンブルの必勝法がある。
それは相手に先に選択をさせる事
チャーリー・ディックスというギャンブラー
彼は、確実に勝敗の確率が1/2ならば、 2つの条件をつけて、どんな高額の賭けでも引き受けたそうだ。
それが下記。
1、賭け金が大きいこと。その金を失うと死ぬほどの打撃をこうむるほどの金額であることが望ましい。
2、たとえば、コインを投げた場合、表なら表、裏なら裏と賭けを申し出た当人が最初にコールすること。
この話を聞いた、香港のギャンブルの胴元も同じことを言ったそうだ。
「これはギャンブルの必勝法である。 恐れをもったギャンブラーは決して勝てない」
でもこれってギャンブルに限らないと思うのだ。
恐れを持った人間はそれを理由に挑戦をしない理由を探す。
結果を恐れてしまえば、やらないが最良の選択になってしまう。
計画をしてやろうとする人はそもそも実施に辿り着けない。
やってしまってから結果を都合の良い方に変換するようにしなければならないのだ。
けれども、恐れが望まぬ結果が出る事を拒否し、さも賢明そうな選択のような顔をして、ただたんにやらないという選択をすることになる。
恐れを捨てろ
本当にそうで、出た結果を恐れちゃダメなのだ。
起きた結果をなんでもよく変換するという覚悟が必要なだけで。
恐れについてもギャンブルに学ばされた。
こういうのに気づけたのもラッキーしか起きないからだと思うんだよな。