許す事の重要性

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これね、最近思うんだけれども・・・・

許せない事とかって多いと思うんだけれども・・・

人間レベルというか、まともな人ほど人や何かを許せるよね。

哲学的な話になるけれども・・・・

私の両親の一方はどう考えてももめ事が大好きとしか思えず、人を許さない教育を私に刷り込んでいたため・・・・

私も社会にでていろんな人に会うまでは物凄く苦労した。

許す事の出来ない人間は社会からも許容されないんだよね。

だから終わった事は綺麗さっぱり忘れて、許してやらなければならない。

だが、私に許さない教育を刷り込んだ張本人は勝手に過去を蒸し返して、思い出し怒りで勝手にボルテージを上げて揉めよう揉めようとするんだよな・・・

頭がおかしいとしか思えないんだけれども、私と違って社会で辛酸を舐めても、自分が間違っているとは考えられないタイプの人間なので何を言っても無駄なんだろうけれども・・・・

そうやってマウンティングをって自分の優位性を確認したいだけなのかもしれないが・・・

高齢になって人と揉めたって良い事などないし、老人なんて金を持っているわけでもなければ優位性などない。

傍から見てもただの老害と言われてもおかしくはないのに、それをちゃんと認識することができないのだろうな。

一般人はもう70過ぎたら人間として価値などほぼないのだよな、社会的には。

けれども老いを学ぶことができていないと30過ぎた美人の矛盾と同じだけれども、勘違いのまま生きているからある種幸福なのかもしれないが・・・・

自分の市場価値を裸で放り出されて気づいたときはもう遅いんだよな。

私も前の会社を辞めて、その後書類はちょこちょこ出しているが・・・・

危機感が募る一方で、いくら仕事ができようが売り上げあげられようがそんな情報は紙面では信用に値せずに変な盆暗雇うよりは私を雇用した方がずっといいと思うんだけれども・・・・

20代の盆暗の方が私よりも市場では価値がある。

それを自覚しているかしていないかで日常の生活や仕事のやり方が変わってくる。

保険をかけようとしたり、準備をしたり・・・

だからサラリーマンやりながらでも転職する気が無くても転職活動はした方がいいなと思わされるのだ。

目が覚めるほど、会社じゃ重宝されている人も年齢がある程度いっていると市場でゴミクズ扱いされる。

現状の自分は傍から見てどうなのか、その自覚がないと勘違いによる結果の否定で酷い目に合わされるのだ。

ある種転職活動を2年前にした時に書類の通らなさにびっくりした。

20代の時で書類で弾かれる事などなかったのでなお驚いた。

現実というのは薄っすら分かっていてもちゃんと当事者にならないと分からない。

だから分かった視点で物を言っても体験していない人間には伝わらないんだよな・・・

どうやって許すか、どう許すかという意識は重要で・・・

本当にインカムというか、年収とか収入って考え方次第だなと思うのだ。

私はサラリーマンとしての給与は貰っている方だとは思わないが・・・

インドの代理店や店など余禄で不足分を埋める事ができるんじゃないかと思っている。

友人に年収1000万レベルの方が多いので、考え方は間違ってはいないと思うのだ。

許せない人間は収入が低くなると思うし、生産性を上げようと考えない人間や利他を考えない人間も収入が低くなる。

一番難しいけれども重要なのが許すという事だと思うのだよな。

許さないと人間関係が損壊していくし、幸運は他人が運ぶ物なのだから人間関係が損壊すればより幸運が逃げていく。

自分一人でできない事など多数あるのだからどれだけ人と関係を良くしていき、クオリティを高い人とのつながりを増やしていくか・・・・

この記事でも記載したが・・・・

といっても悪い意味ではない。 先日物凄く優秀なクレーム処理対応をされている方と話をしてきた。 すると去年のクレーム発生件数が60...

この考え方は物凄く重要だと思うのだ。

結果は人で捻じ曲げる事ができる。

いや、事実は認識なのだから認識が変われば事実が変わる。

そして認識は人が持つものになる。

すべては人なんだよな・・・・

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