手札のカードで勝負するな。ヒトと勝負しろ。 アマリロ・スリム
ワールドシリーズオブポーカー(WSOP)で、1972年に初優勝し、1990年までに合計で4個の優勝ブレスレットを獲得。
1992年にはポーカー殿堂入りを果たしている名プレイヤー
これも麻雀にもある言葉と同じ。
死ぬ敵を狙え。
勝負は手配でするものではなく、勝負する相手と勝負するもの。
孫子の兵法書と同じだ。
勝てない相手には挑まず勝てる相手に戦いを挑む。
自分を恐れているのは誰か。
破滅が近い者は誰か。
そういった恐れている相手と勝負をすべきなのだ。
恐れは必ず破滅を呼び込む。
麻雀をやっていると良く思うが・・・・
怖い相手にはなかなか勝てない。
だが・・・
一度怖くないと思うと・・・
全ツッパで襲ってくる。
こうなると、もう分からない。
他の格言でも記載したが・・・
菊池寛の「形」という話がある。
菊池寛自体、ギャンブラーであり競馬の名言とされている言葉をそれなりに残している。
でもって「形」の内容だが・・・・
下記の通り。
中村新兵衛は、「槍中村」と言われるほどの槍の達人だった。
その認識は敵味方に深く浸透し・・・・
彼が身につけている陣羽織と兜を見ただけで敵が恐れおののく程の脅威の存在であった。
槍中村の陣羽織と兜は、戦場の華であり敵に対する脅威であり、また、味方にとっては信頼の的でもあったのだ。
ある時、新兵衛は、初陣に出る若武者から彼のトレードマークである陣羽織と兜を貸すように頼まれた。
新兵衛はその頼みをこころよく受け入れてしまうのである。
明くる日の戦いでは、新兵衛から借りた陣羽織と兜を身につけた若武者は、敵陣に乗り入り、大きな手柄を立てた。
一方、新兵衛はというと、その日は、いつもと違う「形」をしていたため、勝手が違っていた。
いつもの陣羽織と兜を身につけた新兵衛にとっては、自分の姿を見て、怖じ気づき、狼狽えて、血迷う敵を突き伏せるのに何の苦労もなかった。
ところが、いつもと違う「形」をした新兵衛に対して、敵は怖じ気づくことなく十二分の力を発揮してきたのである。
新兵衛は、普段の戦いの二倍もの力を発揮したにもかかわらず、突き負けそうになった。
考えなしに陣羽織や兜を貸したことを後悔する気持ちが脳裏をかすめた瞬間、敵のつきだした槍が彼の脾腹(ひばら)を貫いていた。
という話である。
ギャンブルは・・・
いや勝負は・・・・
恐れるのではなく恐れさせるのだ。
そう・・・
先に恐れた方が負ける。
だから・・・
恐れさせるようにしなければならない。
また・・・・
ギャンブルの必勝法にこんな話がある。
英国で活躍した伝説のギャンブラーチャーリー・ディックスの話。
確実に勝敗の確率が1/2ならば、 2つの条件をつけて、どんな高額の賭けでも引き受けたそうだ。
それが下記。
1、賭け金が大きいこと。その金を失うと死ぬほどの打撃をこうむるほどの金額であることが望ましい。
2、たとえば、コインを投げた場合、表なら表、裏なら裏と賭けを申し出た当人が最初にコールすること。
何度も記載している森巣氏もこれを必勝法だと言っている。
懼れを持って打つ博奕は勝てない。なぜだかは知らない。とにかくそうなのだ。と。
また・・・
この話を聞いた、香港のギャンブルの胴元も同じことを言ったそうだ。
「これはギャンブルの必勝法である。 恐れをもったギャンブラーは決して勝てない。」と。
恐れているのは誰か。
ミスをし自滅しているのは誰か。
考えるべきだろう。
確かに・・・・
恐れながら祈るような勝負は必ず負ける・・・・
乾坤一擲の勝負が勝てないのと同じだ・・・・
乾坤一擲の勝負は必ず負ける・・・・
奇跡的に恐れを克服できるほどツイていたとしても・・・・
必ずもう一度やってしまう・・・
米相場師が必ず破滅するのと同じだ・・・・
いや・・・
ギャンブルだけじゃないな・・・・
警戒と恐れは別の物・・・・
世の中でも・・・・
恐れたら舐められる・・・・
舐められたら終わりだ・・・・
これはギャンブルに限った話ではない・・・・
世の中にパフォーマーが多いのも・・・・
恐れたら負けだと分かっているからかもしれないな・・・・