サラブレッドの繊細さ、ことに環境の大きな変化がいかにキツいものかを身をもって教えてくれた 大川慶次郎

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サラブレッドの繊細さ、ことに環境の大きな変化がいかにキツいものかを身をもって教えてくれた 大川慶次郎

ご存じ競馬の神様と呼ばれた予想家。

予想家としては通算4度パーフェクト予想を達成した。

亡くなる直前に有馬記念でグラスワンダーの優勝を予想していたのを記憶に残っている。

上記はメジロボサツについてのコメント。

メジロボサツは1965年7月10日にデビューの380キロの馬体重で走った牝馬。

初戦は4着に負けたが、その後6連勝で挑む事となった朝日杯3歳ステークスは、タマシユウホウ(翌年弥生賞、札幌記念を制する)、ヒロイサミ(翌年ラジオたんぱ賞、セントライト記念を制する)、ハイアデス(京成杯三歳ステークス勝ち。翌年七夕賞を制す)等の有力牡馬を相手に1番人気で快勝。

この勝利が原動力となり、この年の最優秀3歳牝馬に選ばれる事となった。

こうして、1966年牝馬クラシック最有力候補と目されたメジロボサツであったが、肝心のレースは共に惜敗。桜花賞は、ワカクモの3着だった。

その時の大川氏のコメントだ。

メジロボサツは牝馬クラシックはこの馬のものという下馬評が立つくらいだった。

朝日杯でダービーに出た牡馬たちをひとまとめに負かしちゃった。

僕も一連のレースぶりからあまり深く考えないで桜ではメジロボサツに◎を打ち仁川入りしたんです。

ところが、パドックを周回しているメジロボサツ(1番人気)を見たら、東京の自厩舎にいた時と様子がかなり違う。

どこかオドオドした仕草で、小さな馬体がよけい貧相に見えてね。

妙に不吉な予感がしたものです。

果せるかな。

桜花賞ではぜんぜん自分の競馬が出来ずに3着に負けちゃったんです。

レース全体の流れを考えると、敗因はやはり道中の位置取りの差(4角13番手くらい)としか考えられないんだが、この馬が前半あんなに委縮して走っていたのは、やっぱり「環境の変化からくるイライラ」がまだ治っていなかったから、としか理由がつかなかったね。

僕はそれ以後「牝馬の長距離輸送は要注意」と思うことにしています。

昔は輸送も大変だったのだろうと思わされる。

今とは異なり高速も整備されていないだろうし、輸送に関するノウハウもなかったに違いない。

その分、紛れがあったりして競馬が面白かったのではないかと思うんだが・・・

今ではウォッカやダイワスカーレットやブエナビスタのような化け物牝馬が出るようになった。

時代の移り変わりを感じる。

ヒシアマゾンやエアグルーブの時も化け物牝馬だと思ったが・・・

今じゃそれを軽く超越する。

昔は牡馬混合戦のG1では真っ先に牝馬には斜線を引けたが・・・

今ではそうもいかない。

変化と言うのを感じさせられる言葉だった。

精神的なものは人間だけのものではない・・・・

こんな話を聞いたことがある・・・・

諸事情で、飼い主が帰れなくなった時に・・・

飼い犬が4頭いたのだが・・・・

1頭はかなり賢い犬で・・・・

残りの3頭は普通の犬・・・・

飼い主が友人に預けて1か月戻ってこれなかったら・・・・・

賢い1頭だけがストレスで再会後すぐになくなってしまったのだ・・・・

犬も馬も人も精神的な負荷はいいものではないのかもしれない・・・・

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